2017年12月14日木曜日

陽だまり




 最近は、庭の陽だまりでコーヒーを飲むのが日課となっている。今朝もいつものように、大きなカップに淹れたコーヒーと一冊の本を持って、庭のクヌギの根元に置いた椅子に座って、朝の静謐な時間を楽しんでいた。
 そこで、フッと、今朝の明け方、ピーのやつ、僕のベットから出て行ったきり姿が見えないことに気づいた。こんな事は、毎度のことでもあるのに少しばかり心配になる。下の道で交通事故にでもあったのではないかと。
 探してみようかと、腰を上げて振り向いたら、檜の木の下に黒い塊りがあるのを見つけた。ピーである。朝の暖かな日差しを浴びながら、気持ち良さそうに熟睡している。すっかり安心しきっている動物の姿は、見る者の心をも安らかにする。それは平穏な一日の訪れを暗示しているような姿だった。

2017年12月4日月曜日

月明かりで撮影

 


 午前4時52分。小屋の外に出たら西の空に大きな月が出ていて、集落を明るく照らしている。まだ、東の空は白んでいない。月曜日の集落は眠っている。朝霧の上に、筑波山の山並みが浮かんでいる。果たして、この月明あかりで、どんな写真が撮れるかどうか試したくなって、急いで小屋に戻りカメラを持ち出した。ピーは、僕の変な行動を不審に思ったのか、小声で鳴きながらついてくる。


2017年11月30日木曜日

朝の窓景色




 今、山小屋は、一年で最も色鮮やかな季節を迎えている。朝起きて、カーテンを開けると、真っ赤や黄色に緑の色が、一斉に目に飛び込んでくる。昨夜降った雨の雫が、斜めの光に照らされて、キラキラ輝いている。
 しかし、こんな奇跡のような朝は、一週間も続かない。もっと長い間、このままでいて欲しいという気もするが、短いがゆえに、よけいに心にしみるのかもしれない。







2017年11月25日土曜日

トンデモないものが写っていた(笑)



 
 トレイルカメラというものをご存知だろうか?主に野生動物などの生態を記録する目的で、動くものをセンサーで感知したら赤外線フラッシュを発光させて、相手に気づかれずに撮影できる自動カメラである。その使い方に習熟するために、テストとして、まずは山小屋の中に仕掛けた。僕とピーの生態を撮影しようというのだ。

 セットしてから3日経った先ほど開けてみたら、400枚以上のシャッターが切れていた。期待と不安いっぱいで、画像を確認したら、それが実に面白い。思いがけないシーンから、とてもここでは公開できないようなオゾマシイものまで写っていた。

 次のステップは、明日から小屋を留守にするので、この間のピーの行動を撮影しようと思っている。最近、置いておいた餌が直ぐに空になる。もしかすると、毎晩のように僕のいない間に、近所の猫たちを呼んで乱痴気パーティーを開いているのかもしれない。その証拠を掴むつもりだ。成功したら、またここにアップします。





2017年11月13日月曜日

八郷の古代ロードを歩いて


手前は収穫前のそば畑。一面に白い花が咲いている風景を想像してほしい。
今月25日に開催される「八郷古代散策ジオハイキング」の下見に、市の文化振興課の職員と柿岡から佐久、長堀地区を歩いて来た。この一帯には、丸山古墳をはじめ古墳時代初期の古墳が約四十基も集中して分布している。このようなところは、他に県北に一箇所あるだけで、八郷は茨城県でもかなり早くから文化が根付いたところの一つである。
いずれの古墳も、眼下に恋瀬川やその支流、谷津をのぞむ台地の上にある。稲作に適した平地、豊かな水のめぐみ、北西の冷たい風を遮る山々の連なり、木材や肥料、燃料を提供する森林、いたる所で採取できる粘土や岩石、砂鉄。さらに、眼を上れば、正面には神々しい筑波山の姿・・・。きっと、霞ヶ浦から恋瀬川を溯ってきた古代人は、このような物質的にも精神的にも恵まれた土地と出会って、心から感動したのに違いない。今回のハイキングでは、参加者にこの古代人の感動が少しでも伝わればと思っている。

 小春日和の空の下、下見のコースを歩いて、改めて我が八郷の素晴らしさを味わった。




 

2017年9月19日火曜日

八郷の美しい山道



 
 台風も去ったので、久しぶりに筑波山を歩いてきた。コースは、つつじヶ丘から広根場林道を歩いて、真壁のキャンプ場に出て、再び防火帯を登って女体山頂に立ち、帰りはロープウエイで戻るというものだった。
 この広根場林道は、国有林の中を通るよく整備された平坦な山道で、いつ行っても静かな山歩きが楽しめる。それに道の両側には、様々な季節の草花が咲いていて、僕は、八郷で一番美しい道だろうと密かに思っている。
 今日も期待を裏切らなかった。真っ白な穂のような花のサラシナショウマの群落や可愛く繊細な花のマツカゼソウ、まだタマアジサイの花も残っていた。ツリフネソウの赤紫の花がよく目立つ。でも、最も心を躍らせたのは、写真のアケボノソウである。この花は、ちょっと変わっていて花弁に紫の点と緑色の蜜腺がある。名前は、この点々を明け方の星座に見立てて付けたそうだ。小さな虫たちが、蜜を求めて集まっていた。

 これから、紅葉・黄葉の季節を迎えて、八郷側の筑波山はますます美しくなる。下界の煩わしさを忘れて、口笛を吹きながら散歩するには最適なコースである。ぜひ、この八郷の美しい山道を歩いていただきたい。(真壁のキャンプ場に車を置いて、今回とは逆回り<時計回り>に歩けば、ほとんど登りが無い。)


2017年8月27日日曜日

ヒグラシの鳴く頃



 午後4時20分。初秋の陽が西に傾き、斜めの光が木々を照らしている。涼しい風が、開け放した南の窓から入って、北側の窓へと通り過ぎてゆく。ヒグラシが鳴き出した。少し部屋が暗くなってきたようだ。でも、もうしばらく、このまま電灯を点けずにおこう。長椅子に深々と腰掛けて、コーヒーを飲みながらスローな音楽を聴いている。ピーは、ずうっと窓辺で昼寝している。僕はこの時間が好きだ。(人生も、この頃が最も心地良いかも。)


2017年7月11日火曜日

帰りに迷いこんで


 
 
 外国旅行の写真ではない。たった二十年ほど前、この辺は原野と林が広がっていて、僕が休日のたびに、双眼鏡を持って野鳥を追いかけていたところだ。今日、自宅の帰りに思い立って寄り道した。そして、その変わり様にまったく驚いた。当時の面影はどこにも無く、もう、異次元の世界である。隣の大型書店のガラスドアを開けると、思わず息を飲んだ。ずっと奥まで続くフロワーには、色鮮やかな本や文具、生活雑貨が無数に並んでいる。所々にあるテーブルと椅子には、着飾った若くて綺麗な女性や可愛い子供たちが座って、何か色のついたものを飲んでいる。僕は、異邦人のようである。こんな場面に出会うと、いつも頭を過ぎるフレーズがある。「これが、多くの人が大好きな大量消費生活、それに支えられた資本主義経済というやつか!」と。

 自分の姿は、ヨレヨレのシャツに薄汚れたジーパン姿のいつもの八郷スタイルである(笑)。親切そうな女店員の目が、「ここは、あなたのような方の来るところではありません」と言っているようで落ち着かない。早々に立ち去ることにした。やっぱり、早く八郷の山小屋に戻ろう!植物やピーと友人たちが待っている。
 僕にとって、本当に「豊かな生活」を送れる場所は、ここではないとハッキリと再認識した帰り道であった。



2017年6月14日水曜日

小宇宙としての「屋敷」


庭と住居は、そこで暮らしている人の内面を表す。外部から垣根越しに、庭と建物(屋敷)を眺めただけで、そこに暮らす人の好みや考え方がわかる。いくら住人が、隠してたり繕っても、その「人なり」が透けて見えてしまうのだ。

 樹木調査で、つくばの郊外を細かく回った。奇抜なデザインの家や豪華な造りのお屋敷、色鮮やかな草花で埋もれた瀟洒な家などをいくつも見た。しかし、これらは綺麗だと思うものの、住みたいという気持ちが起きなかった。それでも、稀に、心惹かれる住宅を見つけて嬉しくなることがある。
 僕が、強く魅せられるのは、暮らしと庭が一体となっているような「屋敷」である。家自体は、それほど大きく立派ではないが、そこに住んでいる人々の食を支える畑や田んぼが隣接している。畑には、ネギ、エンドウ、ナス、トマト、ほうれん草などの日常の料理で使う野菜が、区画ごとに植えられている。家の脇には物置があって、農業や園芸用品が整然と置いてある。家の周りを防風防火のためのシラカシ、ケヤキの巨木や、杉、竹、シュロなどの屋敷林が囲んでいる。楽しみのための果実や生活に潤いをもたらす草花も植えてある。「屋敷」は可能な限り自給自足できるようにと食べ物や生活用具が揃っている庭であり住宅である。いわば「食卓や生活とつながる庭」である。
 こうした「屋敷」には、生活するための基礎が備わっている。人として当たり前の暮らしできる仕組みがある。ここには、安定して確実に暮らすために労を厭わない暮らしがある。生産と消費を、可能な限り自分の手で担うこと、目の届くところで、暮らしの全体が完結することを目指している意思がある。僕は、こんな「小宇宙としての屋敷」に強く憧れる。

 ここまで書いてきて、ふと、僕が八郷が好きな理由がわかったような気がする。八郷盆地自体が、この自立を目指した「屋敷」の相似形であり、屋敷林の代わりに山々が周囲を取り囲んでいる。そして、米、野菜、果物、肉などの暮らしに必要な食べ物のほとんどが生産されている。長い歴史に育まれた暮らしの知恵もある。また、生活の質を豊かにするクリエイターの人たちもたくさん住んでいる。八郷盆地自体が、自己完結の小宇宙としての要素を多分に持っているのだ。だから、「屋敷」も「盆地」も共に美しい。



 

2017年5月24日水曜日

ドキュメンタリーを見たあと





 朝から、BS世界ドキュメンタリー『アレッポ 最後の男』を観て、ひどく暗い気持ちになった。二人の可愛い女の子の父親であり、無差別爆撃の恐怖と戦いながら人命救助をしていたハレドが、ついに自ら犠牲なった場面で涙ぐんでしまった。これが、現在進行中の現実なのだと自分に言い聞かせると、遣り切れない無力感に打ちのめされる。安全なところに身を置いての「同情」や「論評」が何の救いとなるだろうか?

 気分を変えようと、庭に出たら生命が溢れていた。瑞々しく繁っている植物の緑で心も身も染まりそうだ。まだ、あたりにはオガタマの甘い香りが漂っている。ホトトギスが鳴きながら近づいて来た。

・・・ ああ!また、ドキュメンタリーの画面を思い出してしまった。そういえば、緑が消えた瓦礫の街に、ハレドが将来の子供らのためにと苗木を植えていたっけ・・・。

僕だけが、こんな静かな時間を過ごしていいのだろうか? 



2017年5月9日火曜日

オガタマノキ(招霊木)の花が咲いた


 
 先ほど、自宅から山小屋に戻ったら、庭に甘い香りが漂っていた。僕の大好きな樹木であるオガタマノキ(もっとも、これは中国原産のカラタネオガタマだが)が開花したのだ。冬の寒い時でも、深緑の葉をつけ、5月ごろにホオノキに似たクリーム色の小さな花を咲かす。すると、あたりがバナナのような甘い香りに包まれる。

 オガタマノキは、漢字だと「招霊木」と書いて、日本人にとっては、サカキやツバキやシキミなどと同じく「聖なる木」である。どうも日本人は、常緑広葉樹の葉っぱが肉厚で表面がテカテカ艶のある樹木に神秘的な感情を持つらしい。やはり、遠い遠い祖先の地への郷愁があるのだろうか。

 日本神話では、天照大神が天岩戸に御隠れになった際に、天鈿女命がその前でストリップを披露して神々を笑わせたとき、手にして踊ったのが、この木の枝だという。彼女のストリップも、古代のシャーマンの神託に原型があり、巫女たちが神と共に「笑ひゑらぐ」姿であるという説(谷川健一)もある。「招霊」とは、お盆に祖先の霊をあの世から招くことである。どうやら、オガタマノキは、はるか遠い民族の記憶や隠れた神霊を呼び出すのには効果がある木のようだ。「バナナの香り」なんて言うのは軽薄すぎるように思えてくる。身近なところでは、一円硬貨の図案にもなっている(そうだ)。今度、しげしげと一円玉を眺めてほしい(笑)。


2017年3月28日火曜日

古典的な椿が咲く





 将来、海のものとも山のものとも分からない子を大切に育て、やがて生長して、ある日、突然、美しく開花したり才能を発揮する姿を眼にすることほど嬉しいことはない。

 今年の冬、花木センターの片隅に、半ば捨てられていた椿の苗を格安で買ってきて庭に植えた。当然、花の写真や品種を示したラベルはどこかに落ちてしまって、この木にどんな花が咲くのか全くわからない。それでも、散歩のたびに無事に根着いたかが気になって必ず見て回った。やがて、小さな蕾が出てきたので、今度は、花は赤か白か、一重か八重かと楽しく迷った。

 この椿の苗もそうだった。初め小さな蕾が緑色だったので、てっきり白い花だと思っていた。ところが、蕾が膨らんできたら、赤い花弁がのぞいている。今度は赤色だと思った。しかし、開花したら、驚いたことに、やや珍しい「卜伴(ぼくはん)」または「月光(がっこう)」と呼ばれる古典的な品種だった。江戸時代(1719年)の『広益地錦抄』にも掲載されているらしい。赤でも白でもない、意外な展開だった。

 まあ、こんなこともあるから、未知のものを育てる楽しみは止められない。捨て苗木を買うことも(笑)。


 

2017年3月13日月曜日

春の妖精が舞い降りた


 
 我が家に、「春の妖精」が舞い降りた。庭の椿の下で、ひっそりとニリンソウが一株だけ花を咲かせているのを見つけた。この花が咲くと、「いよいよ春が来たな〜」と思う。
 ニリンソウは、「スプリング・エフェメラル」と言われる植物グループの中の一つである。この仲間は、早春の今頃からいち早く花を咲かせ、青葉の繁る5月末ごろにはもう地上から消え去る。あとはずうっと、翌年の春まで、地下にある根茎や球根の形で休眠している。だから、「春のはかない命」とか「春の妖精」と訳されている。
 この仲間には、草丈の割には大きな花や鮮やかな色の花をつけるものが多い。きっと、まだ飛び回っている昆虫が少ないので、少しでも目立とうとしているのだろう。魅きつけられるのは、昆虫ばかりではない。人間の僕も同じこと。妖精の可憐さに魅かれて、心がウキウキしてくる。


 

2017年2月27日月曜日

山寺の春



 今の頃、どこに行っても梅の花が美しい。たくさんの木が一斉に咲いている梅畑もいいが、土手の片隅などに1本だけ咲いているのもいい。そんな梅を見に散歩に出た。
ちょうど、Facebookで、真家の明圓寺の梅が見頃とあったので見に行った。苔むした参道の脇には白とピンクの梅が今を盛りに咲いており、隣にまだ実が残っているフクレミカンと鮮やかに対比していた。それに真っ赤なヤブツバキの花が加わり、早くも春の賑わいが感じられた。



 この明圓寺は、僕の好きな寺の一つである。山門に向かう石畳の参道を歩いていると、自然と清々しい気持ちになる。明圓寺は、難台山の山麓にある比較的小さな寺であるが、1240年(仁治元年)の開山というから相当に古い。寺を開いたのは、親鸞聖人の第19輩の弟子である明法坊である。この人の元の名は、山伏・弁円といい、八郷の板敷峠で親鸞聖人を襲って殺そうとしたが、逆に感化されて改心して弟子となった人である。親鸞聖人は、お隣の稲田の西念寺に約20年も住んでいたので、布教などで八郷も度々訪れたのだろう。八郷にはその足跡がいたるところにある。

(ついでに、ちょこっと宣伝)
 春といえばといえば、3月2日(木)に、僕の小屋の近くの『 BookCafe えんじゅ』にて『ひな祭り茶会』が開かれます。「茶会」といっても、誰でも気楽にお菓子を食べてお抹茶が飲める機会ですから、ぜひ、お越しください。
 また、会場では、着物の貸出しや着付けの指導などもあって、着物好きや関心のある方も、きっと楽しい時間を過ごせると思います。
詳しくは https://www.facebook.com/enzyuan/ をご覧ください。




2017年2月22日水曜日

「仙郷」の倶利伽羅不動尊




 集落を見下ろす近くの高台に梅を見に行ったついでに、その麓にある「お不動さん」をお参りした。これは先日、近くに住む人から教えてもらったものだ。丘陵の中腹に祀られている不動尊は、周囲がよく掃き清められおり、剣の供物なども供えてあって、現在でも厚い信仰が維持されている様子がうかがえる。石仏の刻字は磨耗して読めないが、風化の具合から、かなり古いものらしい。像は倶利伽羅龍(クリカラリュウ)が、利剣に巻きつき、今にも飲み込もうとしているもので、いわゆる倶利伽羅龍王の像である。八郷では初めて見るものである。倶利伽羅不動尊は、「水神」として水辺近くに祀られることが多い。ここも近くに細い谷川が流れているから、そうかもしれないが、不動尊の目の前の丘陵が、中世時代に佐竹の要害(砦)のあった場所であるから、むしろ、それとの関係があるのかもしれない。

 さらに、林の奥に進んだら、狭い谷津の先端の「こんなところに家が?」と思うようなところに一軒家を見つけた。突然訪れたにも関わらず、好々爺然としたおじいちゃんと家族が親切に対応してくれて、昔の筑波山参拝道の話や山向うの集落のこと、日頃の暮らしぶりなどをたっぷり聴かせてくれた。聞いたら、おじいちゃんは93歳だという。この山の中から外に出ることは、ほとんど無いという。まるで仙人である。
 もしかすると、八郷は、本当に「仙郷」かもしれない(笑)。隣のおじいちゃんなどは、100歳を超えても元気に畑仕事をしている。